小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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分野(2) 様々な観光

ライトアップツアー
有限会社
小樽観光ネットワーク


ライトアップとは
 ライトアップ(light up)とは、夜間に照明機器や発光ダイオード(LED)などを使って建物・橋・塔などの建造物や、桜の木などの樹木などを明るく浮かび上がらせることをいいます。ドイツやフィンランドが先駆けといわれています。

日本でのライトアップ
 日本のライトアップの提唱者とされている石井幹子氏は、1980年代は都市照明の必要性を説明するため日本各地をまわり、つくば科学万博や、横浜市のライトアップフェスティバル、ジャパンフローラ2000といった祭典のライトアップや、大阪市、函館市、姫路市、倉敷市、白川郷合掌集落などの都市空間のライトアップを成功させています。1989(平成元)年には東京タワーライトアップにより盛んになり、夜間の都市景観を形作る文化として定着するようになりました。

小樽でのライトアップ
■背景
 1984(昭和59)年8月18日、長くつづいた小樽運河論争は当時の横路北海道知事により政治的決着がつけられました。それまで小樽は保存派と埋立派の二局対立が色濃くあり、保存派のイベントであったポートフェスティバルと、全市的な潮まつりが小樽の夏の二大イベントとして人気を集めていました。小樽の若者たちの中に、「これからは、小樽は一つになってもっと大きなイベントを開催しよう」という意識が生まれ、翌1985(昭和60)年にポートフェスティバルのスタッフと潮まつりの青年会議所スタッフが合同会議を開催し、翌年を目標に新たなイベントをつくる準備が進みました。

■サマーフェスティバル
 合同会議は「サマーフェスティバル実行委員会」という名称とし、ポートフェスティバルと潮まつりをつなぐ平日も含めて、小樽サマーフェスティバルウィークとして、世界一長い連続9日間のイベントウィークとすることやイベントテーマが議論されました。サマーフェスティバルは単なる既存の政治的コーディネートだけではなく、独自の新しいイベントを立ち上げることによって説得性を持たせ、加えて小樽のビジョンを明確にしようという意図がありました。

■ライトアップ誕生
 小樽の街における大事な財産は日本銀行のある浅草通り(日銀通り)ということに一致し、日本銀行(現・金融資料館)、旧北海道銀行(現・小樽バイン)、旧北海道拓殖銀行(現店・ホテルヴィブラント)、旧第一銀行(現・トップジェント・ファッションコア)、旧三菱銀行(現・小樽運河ターミナル)、旧三井物産(現・松田ビル)を、他には旧日本郵船・旧三井銀行・元小樽倉庫・旧大家倉庫などをライトアップすることで夜の街並みに浮き立たせ、「素敵な建物だね」という認識をもってもらおうとしました。さらに集客をはかるため、幹線道路を通行止めにしてビアホールを仮設し、街並みに似合うジャズコンサートを企画しました。

■研修と実践
 サマーフェスティバル実行委員会スタッフはライトアップの技術を学ぶために、手弁当で先進地の横浜の街並み研修にでかけ、市役所などを訪ねて担当者から様々なことを学んで帰りました。そして照明器具をレンタルし、壊されないための手づくりの枠を用意しました。
 1986(昭和61)年7月、トラックに照明器具を積み込み、夕方に各箇所に器具を設置、イベント終了後の11時には、器具を回収しました。この作業はウイーク中の9日間繰り返され、9年間続きました。

■常設ライトアップへ
 このようなイベントの成果をみて、小樽市も積極的に公共の歴史的建造物へのライトアップ常設を行い、また民間へも波及してきました。このようにサマーフェスティバルの9年間にわたる努力が実を結び、小樽にはライトアップが定着し、市民意識の中に歴史的な街並みを大事に思う文化が浸透してきたといえます。

サマーフェスティバル
サマーフェスティバル

小樽バイン(平成8年より)
小樽バイン(平成8年より)

日本銀行旧小樽支店(昭和63年より8基)
日本銀行旧小樽支店(昭和63年より8基)

旧日本郵船鰹ャ樽支店(平成元年より4基)
旧日本郵船鰹ャ樽支店(平成元年より4基)